とうきょう、ときめくめくるめく。

96年生まれ、東京・高田馬場在住のサブカル戯れ日記。

『FROLIC A HOLIC ~何が格好いいのか、まだ分からない。~』 脚本・演出/オークラ 

 

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 FROLIC A HOLIC 『何が格好いいのか、まだ分からない。』をライブビューイングで見てきた。東京03と脚本家のオークラが主催しているこのシリーズは今回で3年ぶり2回目の公演になる。
 『30minutes』から『漫画みたいにいかない。』まで、オークラ作品の大ファンである私はこの公演をとても楽しみにしていた。

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  今や三谷幸喜をしのぐであろうシットコムの天才、オークラは今作でも脂がのりにのりまくっていた。
 もっとも震えたのが「お笑い裁判」の幕だ。公演の大筋から見るとは飯塚悟志(東京03)が地元へ帰ったきっかけとなるエピソード。なのだが、この一幕は丁寧に包んで持って帰り文字に起こして一言づつ愛でたいくらいに素晴らしかった。

 あらすじはこうだ。“20XX年”、芸人の数が激増しネタもとの奪い合いが芸人間で頻発。そのため“ネタ元パクった/パクってない裁判”が行われるようになっていた、という設定である。なんともまあお笑いファンをここまで震わせてくれるかという設定だ。
 浜野謙太(在日ファンク)/豊本(東京03)が演じる若手コンビ、「拍手笑い」と角田/飯塚(ともに東京03)が演じるコンビ、「ピンボール」が「田舎に帰る直前にも関わらず馴染みの定食屋で新メニューを頼む」という『ネタ』をめぐって論争が行われる。
 とにかく短いスパンでボケを入れていくスタイルを取る「拍手笑い」は「田舎に帰る直前にも関わらず馴染みの定食屋で新メニューを頼む」というのはあくまでもたくさんあるボケのうちの一つとして使ったにすぎないと断言する(ゼロ年代のキングコング、NON STYLE的)「勢いのある若手芸人」に対し、角田/飯塚演じる(東京03のあり得た現在としての)「日の目を浴びない中年コント職人」は大ボケに値するそんな秀逸な『設定』はそこで一番の笑いが起こるよう構成を考えるべきであり、その『設定』の価値を全く理解していないが由に取ってつけたように「田舎に帰る直前の、馴染みの定食屋で新メニューを頼む」『設定』を適当に扱えるのだとと説く。

 結局この「裁判」は"拍手笑い"のファンの気持ちを両者が考慮した結果、無罪となる。しかしそのファンは結局「お笑いファン」をやめ「声優ファン」になったとかで、 そして"拍手笑い"も数年後に解散したことが描かれ、この幕は終了する。

 この作品を通じて2回繰り出された飯塚の「なんてコミカルなんだよ!」という角田へのツッコミしかり。なんともまあ、お笑い批評的、あまりにもお笑い批評的である笑

 「お笑い批評的」といえば、オークラは『Quick Japan』誌上で『20代芸人A君は笑いで天下がとれるのか?』という連載を行なっている。
 これは、高齢化(『さんまのお笑い向上委員会』)の一途をたどる現在のお笑い界でいかにして20代の芸人がどのようにすれば「笑いで天下をとれるか」をシュミレーションする連載である。

クイック・ジャパン136

クイック・ジャパン136

 

  
「30年以上に渡り変化しない権威」下にある「テレビ」という回路ではなく、「ネット/劇場への観客動員」の回路から視聴者の時間をハックする、そしてそこで「思いついたら即実行のスピード感と企画性」(youtuber)ではなく「仕事量と緻密さ」で勝負せよというのがオークラの基本的な主張である。

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  この主張における「仕事量と緻密さ」を体現した作品こそがまさに、今回の『FROLIC A HOLIC 何が格好いいのか、また分からない。』だと感じる。

 「何が格好いいのか」というこの作品の副題は「何が本当の『笑い』」なのかを巡るオークラの尽きない問いであり、終幕にハマケンが歌っていたよう、それはいつまでも答えが出ない問題なのであろう。

  4月には、現在日本テレビ系列で放送されているドラマ『漫画みたいにいかない。』の舞台もある。これからもオークラの一挙手一投足から目が離せない。

 

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